雪の日の朝から数日間
父がおいしそうにチョコレートをたべてくれたのは2月14日だった。
2月18日の朝、母と電話をしてすぐに病院にかけつけた。
父が全ての治療を拒絶したらしい。
私が病院に到着したとき、父の意識はなかった。
夕方、看護師さんに声を掛けられた。
チョコレートを持ってきてくれたほうの娘さんですか、と。
2月14日の夜、いつも無口な父が珍しく看護師さんに話しかけたらしい。
「娘がチョコレートを持ってきてくれたんだ」と。
うれしそうに大事そうにチョコレートの入った箱を持って、
おいしそうに一粒召し上がりましたよ、と看護師さんは教えてくれた。
本当にすごくすごくうれしそうで私もうれしくなったんです、と。
2月18日の夜、微かに意識が戻ったことを確認し、
不安に思いつつもとりあえず妹と帰宅。母はそのまま病院に。
2月19日、朝から病院へ。
人工透析を自分の意思で拒絶する程度に、父の意識ははっきりしていた。
担当医からは、あと1日から2日でしょう、と。
この日、父は元気で何度も起き上がろうとしていた。
こんなに元気なのに、もうすぐ呼吸が止まるかもしれないなんて意味がわからない。
夜、帰ろうかどうしようか迷っていると、
父が私のほうを向き、そのあと妹を指差して、二人で一緒に帰れと言った。
それから母を見て、おまえも帰れと言っていたけれど、母が帰るわけがない。
前日同様に母を病院に残して帰宅。元気そうだったし昨日ほど不安ではない。
2月20日、朝早めに病院へ。
病院に到着すると母がぐったりしていた。
夜、父が起き上がったり立ち上がったりと暴れたらしい。
今日はもういいからとりあえず帰って休んだら、と母を家に帰したものの。
お昼過ぎにはまた病院に戻ってきた。まあ眠れないよね帰っても。
これ以上、母を疲れさせるわけにはいかないので、父の近くには私がいることに。
母には病室の隅で寝てもらったり、病室の外で休んでもらったり。
暗くなるまでは元気だったのに。
夜になってからひどく苦しみはじめて、看護師さんを呼んだ。
薬を追加するかどうかの判断。
母も妹も泣き崩れてしまったので、看護師さんと病室をでて相談をした。
薬を追加すると苦しくはなくなるだろうけれど、意識が朦朧とするかもしれない。
最期まで意識が戻らない可能性もある。
私の判断は、薬は追加せずこのまま様子を見る、だった。
病室に戻って、母に声をかけて相談。
薬を追加するように伝えて、とお願いされた。
ここにきて母と意見が食い違うなんて。
父の治療に関して、いままで母とはずっと同意見だったのに、このタイミングで。
……数秒考えて、母の意見を尊重することに決めた。
いままで、ずっと看病してきたのは母だから。
20:33注射で薬を追加
21:38呼吸が止まったことを確認
21:43医師による死亡確認
喪服は2月19日の昼間に妹と買いに行ったので用意ができていた。
生きてる間に用意しちゃってごめんね、お父さん。